Aslisa Ellenis

■探索者と閉じた世界の邂逅にて

世界のあるべき姿に保つと言われている【調停者】とその補佐をする者たち、合わせて【九賢】。
そのうちの、数多の世界を渡り歩く【探索者】。

【彼】はそのように呼ばれていた。

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イライジャ・クロンダイクはこの度偶然に赴いたこの地が、どうも他所とは勝手が違うように思ったのである。

世界が、閉じている。

……前提条件として彼は数多の世界を渡り歩く【時空探索者】であるが、今までいたどの世界も、その世界“だけ”で構成が完結しているなどということは無かった。

例えばそう、イライジャはあるとき露天商に商品の出所について尋ねたものだが、すると商人は首を傾げ――そもそもそこに当たり前に存在しているものなので、どこから発生したかについて別段疑問を持ったことは無い、と答えたものだった。仕入れる、という当たり前の概念が、そこには無かった。

そんなばかな。

しかしイライジャがその質問を投げ掛けた翌日には、流通のしくみがこの世界に出来上がっていた、というか概念として周知していた。

誰かがそれを疑問に思うまで、詳細が確定しない世界……?

可笑しな世界である。
そも、聞けばここは【第27区】と呼ばれているそうだが、何故そう呼ばれているのか、第1区から26区は何処に在るのかについて、誰も知らない。そればかりか、ひとつの纏まった領域で第27区は完結しており、そこから出入りした者が今までいなかったという。

歴史というものも、ここでは曖昧だった。
図書館にも役所にも、ここ数十年から百余年程度、現存している住民の記憶の範囲の記録しかない。それが、イライジャが疑問と興味を持って詮索する度に後付けのように、降って湧いたように伝承や歴史の類が現れる。先日の調査で、とうとう「この領域には昔大きな王国があったが滅びた。その際に国を滅ぼした災厄から身を守る為不可視の壁を作ったので誰も以来その外には出ていない」という設定になったようだ。

だいたい、イライジャがここに来るまで誰かが他所からやってきたという記録も記憶もないらしい。


さて、彼が【第27区】にやってきて程無い頃のことだが、ある老魔術師がとても不思議そうに、興味深そうに話し掛けてきた。
「これは珍しい、ここも“開く”ことがあったものか」
当初イライジャはその発言の意味を理解しかねたが、後々やはりここは閉じている前提の場所だと気付く。ただ、その老魔術師は他の住民とは明らかに違う存在だった。老魔術師は、この世界の仕組について把握していた。

どうやら【第27区】の中にも、ここが【閉鎖】と【未確定】で出来ていると薄々感じ取っている者がちらほらといる。但しそれは異端と看做され、過去には多く迫害されてきたが、老魔術師を含む魔法使いの一団が「彼らは魔法と予言の資質を持っているのだ」ということにしてしまったので、以後は魔術師育成機関を幾つか作り、そこでそういった思考と資質の子供を集めているという。

ただ、彼らは一様に「外」の事を知らない。
それで老魔術師は、イライジャにある事を頼みたがっていた。魔術師育成機関の講師として、正しく時を重ねる世界の在り方をそれとなく教えて貰えないだろうか、と。

イライジャは考える。まずこの世界への興味。自らが関わることによってどう変化するかについての興味。ここで育成機関に集められているという子供たちとその思想、資質への興味。何より、ひとつのある意味完結しているものに自ら刃を当てるということの、恐怖半分好奇心半分の衝動がそこにある。

まず、生徒たちに会わせて貰えないだろうか。結論はその後にさせて欲しい。それが彼の答えだった。
■第27区
★「閉じた世界」。具体的には「他世界の影響によってその姿を変えることがない世界」、だった。

もう少しメタ的かつ直球な説明をすると、「とある創造主の中で既に完結している世界」。……であった筈なのだが、どうも本来の創造主と実際の創造主の間に齟齬があったようで、勢いでイレギュラーを放り込んでみた、らしい。

元々の創造主の中では単に「そういうところがあって、その中ですべてが完結している」という設定だったらしい。

■イライジャ・ミディム・クロンダイク
イライジャ先生。銀髪隻眼の放浪者★数多の世界を渡る【時空探索者】……という説明は本文中にもあるので、もう少し詳しい辺りを。

元々は炎と風を操る魔術師の家系に生まれ、当主となる定めにあったが、闇に飲まれ本分を見失った父との確執で一時は家を追われ放浪の身であった。後にかつてその父と争い負けた魔神と、魔法とは別方面の叡智を湛える義母の協力をもって父を討った。なお一応現当主ではあるが、負の連鎖を断つ為の魔神の呪い(という名の祝福)により以後クロンダイク家には魔力の乏しい女児しか生まれないことになっている為、事実上最後の当主である。

クロンダイク家の子は例外なく銀髪緑眼であり、彼も僅かに紫がかった銀の髪、落ち着いた緑の瞳である。視力を失っている左目を前髪で隠し、晴眼たる右目には片側のみ弦のある片眼鏡を掛けている。長身痩躯で、美男子と言えないことも無いが、無愛想かつ隻眼であるが故に初対面の印象は然程宜しくない。

【第27区】に降り立った時点では40歳。代々伝わる銀の杖【ドーン・オブ・ジャスティス】のオリジナルも彼の手にある。