Aslisa Ellenis

■魔術師の庭 -middleberry-

「それで、当校と提携している他の魔術師学校との共同プロジェクトとして、生徒に実地訓練を兼ねて【冒険者ギルド】のようなことをやって貰っているんですよ」

ミドルベリー魔法学院高等部。まず最初にイライジャが案内されたのがこの学校である。【魔法】の二文字を取っ払っても違和感のない程度に如何にも学校然とした佇まいの校舎。中も取り立てて特徴の無い学校の姿である。なお、特に何事も無ければイライジャの教師としての所属はこの学校になる予定である。

事情は既に伝わっているようで、女性講師――ナタリーと言っていた――が案内に付けられ、ひとしきり校内を巡視しつつ、現在行われている試みについて説明されているところだった。

「冒険者ギルド?」
「はい。やはり実践で鍛えるのがいちばんということで、実際に便利屋から魔物討伐まで、居住区の人々の依頼を受ける、というのを、各校共同でグループを組んで実際にやって貰ってます」

なぜこの【魔術師学校共同冒険者ギルドプロジェクト】の話が出たかといえば、ナタリー曰く、次に組まれるグループの引率役兼リーダー、つまりギルドマスターを、率直に言うとイライジャにやれという話なのである。

「何故俺に」
「そりゃ勿論、【魔術師】だからですよ」

ここの世界における【魔術師】というのは、単純に魔法使いの意味では無い。実際、魔術師学校で教鞭を振るってはいても(本来の意味の)魔術師ではない者も多い。

イライジャがここに来た際の話にて若干触れたが、【第27区】における【魔術師】というのは、「この世界の仕組を認識している者」の意味だ。魔法使いというよりも学者か預言者として扱われていることが多かろう。そして外世界出身のイライジャは間違いなく【魔術師】なのである。もっともこの答えを明確に出してくる辺り、ナタリーもまた魔術師であろうが。

「でもまあ、うちの学校はまだふつうに魔法学校してますけども」
といってナタリーが苦笑いした。言いたいことは概ねわかる。前述のような理由で、魔術師とは名ばかりの「魔法(化学)」や「魔法(物理)」が専門の者が少なからず、というか全体の大半がそんな感じだろう。その中でもミドルベリーは一応はまじめに魔法の研究と習熟をしている、正統派の魔術師学校だった。


「今回新たに組まれるギルドに所属となるうちの生徒がこの2名です」
ナタリーに連れられて来た【第8期ギルドミドルベリー支部】の表札のある教室。そこには男女の生徒が待っていた。

男子生徒の方はアイザック・ディジョン、3年生。青い髪に眼鏡、左耳の前に三つ編みのある特徴的な髪型、整った眉目。冷静そうな印象だが、話の受け答えを見る限りでは時折年相応の不安定で素直な部分が見えるように思えた。代々名門の魔術師の家系らしく、過剰なプライドとプレッシャーを持っている。

女子生徒はミリアム・クローメル、2年生。真っ直ぐな淡いピンクの髪を左側の高い位置で束ねているがその結び目は帽子に隠れている。表情に乏しく、実務的で常に淡々としているが、冷徹で無感動な訳ではなく、単に感情表現が著しく鈍いだけのようだ。少なくとも会話からは好奇心や仲間意識がよく汲み取れる。

ふたりとも優等生然とした明確で丁寧な受け答えで、質疑応答や打ち合わせも滞りなく進み、予定よりも早くにそれらは完了した。


ひと段落付いたところで、ナタリーから提案が出た。
「ところでこのあと、イライジャ先生はアルミラのギルド生にお会いになるんですよね」
「ああ」
程近くにある【アルミラ魔術師学校】への訪問が、本日後半のスケジュールに組まれていた。
「そのアルミラでの面会にこの子たちを連れて行ってみてはどうでしょうか」
どうせ後々一緒に仕事をするのだから、顔合わせは早い方が良いでしょう、というのが別の生徒ギルドを束ねているナタリーの経験則だった。個々の生徒の性格にも拠るが、おそらくアイザックとミリアムはそれほど人懐っこい性分ではないだろう……という判断は、イライジャにもそれとなく理解できた。


数十分後、門の辺りで待っていたイライジャのところにアイザックとミリアム……と、何故か男性講師がひとり。

レスター・エンフォンス。直接話したことは無かったが、各種資料閲覧の段階でどういう人物かは把握していた。豪放磊落で明朗、厳格ではないが誠実。生徒の資質の良いところを伸ばす教育を好む。生徒たちに慕われているよきベテラン教師である。そしてアイザックの直属の担任でもある。まあ大方心配と興味で付いて来たがっているのだろう。

イライジャはエンフォンスが付いてくる気満々なのは解っていたので、特に突っ込むことも問い質すことも無くはじめからそうであったかのように4人で発ったのである。
■ミドルベリー魔法学院高等部
★【第27区】にある魔術師学校の中では最も「魔術師学校らしいこと」をしている学校。「本来の意味での魔術師」も程々に在籍し、生徒も魔法を扱うことや魔法を研究することを主な学習要目としている。

■アイザック・ディジョン
アイザック。ミドルベリーの3年生、青髪眼鏡★ミドルベリーの3年生。生真面目で堅物な優等生。専攻は魔法学で、魔法を使うことそのものを鍛えるのではなく、系統立てて研究する為の学問を究めている。

代々高名な魔術師を輩出している(という設定)の家系で、彼自身も高きを目指し日々邁進しているが、時に空回り、時に焦り、そして時に打ちひしがれる。そういったときにはエンフォンスのような「よきおとな」の助力を必要とするのである(そしてその事を素直に認められる程度には己の未熟さを痛感している)。

気難しく見えるが、性格自体は素直で誠実。打ち解けると主語が「私」から「俺」に変わったり、表情がくるくる変わるようになるので、ミリアム曰く傍目には面白いらしい。

■ミリアム・クローメル
ミリアム。ミドルベリーの2年生、桃髪無表情★ミドルベリーの2年生。表情に乏しく、外見上では何を考えているのかを類推し辛い。但し感情が失われている訳ではなく、単に表情が伴ってないだけである。性格そのものは好奇心と義侠心に満ちた律儀で一途な人物。若干年齢離れした冷静さと諦念が見える。

その生い立ちには謎が多い。身元引受人のナタリーも出会う前のことはよくわからないと言っている。但しこの世界の大半の事象のように「設定が未確定である」のなら誰かがそこに興味と疑問を持った瞬間にそれが確定するので、彼女の場合は「確定していて、誰も知らない」と思われる。ということは――