■亜界の守人 -suzakugamine-
本日の訪問を終え、イライジャとナタリーは資料整理の為にギルド詰め所に向かった――エンフォンスは手伝ってくれないらしい。「次期ギルド引率の予定なのにレスターってば暢気な人ですよね」
……そういえば魔法学校生徒ギルドには「第○期」と付いている。イライジャが受け持っている現在最も新しい組は「第8期」である。
ナタリーが現在こうしてイライジャの補佐的に紹介や資料整理を手伝っているのも、彼女が先発の「第7期ギルド」の引率員であるからだ。なお基本的にギルド引率教師はミドルベリーから出すことになっている。理由としてはそもそもミドルベリーが【国立魔導アカデミー】の付属校よろしく存在しており、他のどこよりも「【魔術師】の育成」に根差しているからなのだが、アカデミーについてはまた別の機会にしよう。
……はて。ナタリーはエンフォンスが第9期ギルドの引率だと言ったか。随分スパンが短くは無かろうか……?
訝しげなイライジャにナタリー曰く、
「魔法学校生徒ギルドは今年になってから発足した制度なんですよ」
故に兎に角数を撃ってデータを得たい、というのが魔術師連中の思惑らしい。余談だが、はじめにイライジャに声を掛けたあの老魔術師はかなりの重鎮らしいが詳しいことは結局教えて貰えなかった。
さて、話ながらも概ねの資料の整理はついたので、翌日訪れる予定の【朱雀ヶ峰魔導気練塾】についてである。
朱雀ヶ峰は魔法学校としてはかなり特殊な部類である。魔法の研究らしきことはしているのだが、その【魔法】の方向性が異なる。メタ的な判り易さで言えば【気功】とか【神懸り】の類である。
生徒の制服は3種類あり、それぞれが一般的なファンタジー世界で言うところの【東方の国】の装束を模したもので、それぞれが専攻科目を示している。
巫女・神主を模した【神聖術】専攻。
忍者装束の【隠密術】専攻。
格闘家風の【武術】専攻。
今回8期ギルドに選抜された2名はいずれも武術専攻の生徒だった。
手元の資料によると――
男子生徒は3年生の縹明日磨(はなだ・あすま)。短い黒髪に健康そうな肌色、爽やかな表情が快い印象を与える。真面目で視野の広い性格だそうで、8期ギルドのパーティリーダーを任せる予定とのことだ。
女子生徒は1年生の蘇芳己架吏(すおう・みかり)。幼くダイナミックな顔の作りで、鼻の上にレンズのない眼鏡をちょこんと乗せている。制服の袖が長く、手の先が表に出ていない。
明けて当日。
そのミカリは「ずばーん!」という謎のオノマトペと大袈裟な身振りと共に詰め所に現れた。直ぐ脇にはアスマが付いている。
……。
場の微妙な沈黙に耐えかねたミカリが「てってれー」というこれまた謎めいたオノマトペと共に勢い良く椅子に座……ろうとして派手に椅子ごとひっくり返った。
「……もうちょっと落ち着こうな」
アスマは何とも言えない顔でミカリと椅子を起こして、自身は隣の椅子に腰掛けた。
てへー、という言葉と共にミカリは手が出ていない袖で頭を掻いた。
どうやらアスマはミカリの扱いに慣れているようだ。
一旦落ち着いたところでアスマが切り出した。
「僕は縹明日磨、こっちが蘇芳己架吏……今回の8期ギルドでご一緒させて頂きます。宜しく」
淀み無く自身とミカリの紹介をしたアスマは一例をしてイライジャとナタリーの方を見た。
「……これで8期ギルドは揃……ってないな。あとひとりか」
アスマの視線を受けて資料に目を落としたイライジャにナタリーが答える。
「定例によればあと1校、リリフラ魔法技術学院高等部から1名ですね」
「1名?」
これまで各校2名ずつの抜擢だった筈だが。
「リリフラは女子高なので1名ですね。他は男女1名ずつですので」
「ああ、そういうことか」
納得しつつもそういえばそのリリフラへの訪問予定が一切入ってないことに気付く。
「あー……そうですね、リリフラは女子高で……そしてその、一応魔法学校の体裁は取っているんですが、ギルド制にはあまり快い反応を得られてないんですよ。今回抜擢されたギルド候補生は特に保護者の反応が芳しくなかったのですが、本人たっての希望を優先しました」
ナタリーが解説ついでに親指を立てて自信に満ちた決め顔を見せた。
なるほど、状況とこの世界のやり方はよく解った……気がする。
何かを心得たような気がしたイライジャは小さく頷いた。
■朱雀ヶ峰魔導気練塾
★【第27区】にある魔術師学校のひとつ。ミドルベリーが正統派、アルミラがイレギュラーなら朱雀ヶ峰は「武闘派」に分類され……武闘派?曲がりなりにも魔法学校なのに武闘派ということについては気にしてはいけない。そもイライジャの専門が魔法格闘術だし、気功術や神術の類をまじめに扱っている生徒も幾許かいる。但し大半の生徒は肉体派である。
■縹 明日磨
★朱雀ヶ峰の3年生。生真面目なしっかり者で、8期ギルドのリーダーを務める。とりわけ同じ朱雀ヶ峰の後輩ミカリの扱いに長けている。個性豊かにも程があるギルドメンバーを纏めるリーダーシップと観察眼、異様に事情通な情報収集力を持つが、その辺があまりに巧妙な上に本音を露わにしない為、何かと裏のある性格に受け取られ易い。実際はあまり怒りや焦りを表に出さないだけで誠実で正直な性格である。
元々は神聖術専攻だったが、ある事情で武術専攻に変えている。
■蘇芳 己架吏
★朱雀ヶ峰の1年生。豪快で適当、偶に慧眼なアホの子。何でもよく食べる。剛腕どころかパーティいちの戦闘能力を持つ。大雑把で何でも筋力で解決しようとする性分だが、お人好しで頼まれると弱い。また、かつての【師匠】との約束で何があっても決して精神的に折れない強さを持ち、戦闘のみならず精神面でもパーティの支えとなることがある。
言葉が謎のオノマトペだらけで偶に解説が必要になる。