Aslisa Ellenis
宿璧のアンティレーテ

【サポロイド】という「ヒトの形をした機械」がヒトか否か、というのはこの世界における永遠の命題である。


実に長い事この大陸の国家同士の対立は絶えないが、とりわけ昨今は、大陸一の大国だが防戦一方で打っては出ないF国に、かつては軍事大国だったが資源と人材の枯渇からジリ貧に追い込まれているC国がちょっかいを出す流れが続いている。

F国は資源も豊かで教育も行き届いている所為か、サポロイド――サポートドロイドの略で完全自立型のヒト型の機械――も概ねヒトとして扱われている。寧ろヒトと同等の権利を有するが故に、完全な人の代替物とさせない為に敢えて人と区別している箇所があり、諜報型以外のサポロイドは頭髪を人間離れした派手な色合いにするのもその一環である。また、自立した一個のヒトである以上は自我と感情を有する訳だが、F国製、特に総合支援型1)のサポロイドは高度なエモーショナルAIを搭載しているので製造直後からヒトと同じように自分の思考と感覚で物を考えて為す。無論人間と長く過ごすほどより洗練されてくるが、少なくともF国のサポロイドははじめから「ヒトとしての体裁」を持っている。

一方のC国は資源もノウハウも、そして機械に人権を認める余裕も無い為、あくまでもサポロイドには自律的に命令を受理できる程度の必要最低限の対人プログラムしか搭載していない。故にシンプルに「ヒトの形をした機械」でしかないが、一応は自我と成長性を持つ為、長く人間に接していると多少は反応がこなれて来る。但し成長度合いや人格はその個体が置かれた状況に大きく左右される。

これは一部のC国の後期型サポロイドにみられる傾向だが、F国から盗用した技術(寧ろ盗用した部品という説の方が根強い)を元にしたエモーショナルAIを搭載しているらしく、最初は何も覚えて無い為に只の機械だが、経験と時間を重ねるにつれて明確に自我と感情を確立する、という現象がしばしばあるらしい。但しパーツの出来の良し悪しというのはある程度あって、露骨に明確にエモティヴな人となりに昇華するケースは非常に稀である。

この「白紙のサポロイドが置かれた状況に応じて自我を確立させる」ことを、俗に「璧が宿る」2)――【宿璧】と呼ぶ。

C国軍にアンティレーテ3)隊という部隊がある。いや、あった。
F国との小競り合いにしばしば駆り出されていたが、艦の故障からF国領に不時着ののち鹵獲、乗務員は捕虜として扱われることになったが、C国とのあまりの待遇の差にそのまま部隊丸ごとF国に亡命してしまった4)。以後はF国の一部隊としてノビルの姉が率いる反乱軍との戦闘にて大いに活躍するが、それはもっと先の話なので当面置いておく。

そのアンティレーテ隊の艦載支援型サポロイドの名前がアンティレーテ、である。

艦載支援型(C国での呼び名。F国では通信支援型と呼ばれるタイプだが、通信支援型よりも機能が制限されている)のサポロイドは通常性別の概念や経口摂食機能5)を持たない。F国の通信支援型も同様だが、C国のそれは輪を掛けて艦載パーツとしての意味合いが強い。
たとえばF国エクリプス隊6)の艦載――通信支援型サポロイド・エクリプスは当該部隊の艦長兼隊長でもある。強襲揚陸艦エクストリアングラーのコアではあるが、隊長として時に地上戦闘指揮や交渉に赴くこともある。性別が定かで無い事(但しエクリプスはどうやら男性人格のようだ)と飯を食わないことを除けば他のタイプのサポロイド同様、ほぼヒトとして扱われているものである。

アンティレーテ――艦の名前も部隊の名前もアンティレーテなので非常に紛らわしいがこの場合は艦載支援型サポロイドを指している――は、一応自我や思考能力は持っているものの、真っ新な白紙の搭載AIは非常に未熟で、当初は只粛々と命令や指示に従い動作するだけだった。だが、過酷な状況の中で隊長ミリィ7)、艦長アクィラ8)をはじめとする部隊メンバーと苦楽を共にし戦禍を駆け抜ける過程で、明確に部隊の仲間達を信頼に値する対象、庇護すべき対象という認識を持つようになる。

つまりはアンティレーテもよくある例に準じた【宿璧】を得た訳だが、どうも曰く付きのAIを搭載されていたらしく、F国の総合支援型や生活支援型に匹敵するヒトらしさを発揮するようになる。いや、なってしまう。
只の宿壁ならいざ知らず、判断が感情に左右されるレベルになってしまうと艦載支援型としては機能過多なのだ。いずれ味方の危機に直面した際、「艦載パーツとしてすべきである合理的判断」を違えることが予測される。仲間の為に怒ることのあるエクリプスですら、人間として見たらかなり冷徹で合理主義的な部類なのだ。

その不安定で脆弱な心のアンティレーテの扱いについて、部隊の面々は受け入れて守る、という結論に至った。
今までだってずっと共に笑い共に泣いてきた仲間なのだ。多少感情面が豊かになったところで置かれた立ち位置自体は然程変わらないだろう。 ただ、アクィラは少しアンティレーテの扱いに戸惑っている節がある。今まで特に意識していなかったのが、過剰に懐かれてしまい、どう接して良いのかを持て余しているようだった。そんな彼を、部隊の女性陣は苦笑い半分微笑ましさ半分で見ているらしい9)

脚注

1) 部隊構成員(主に指揮官やパイロット)の身の周りのサポートを行う、秘書や執事のような存在。
2) 魂を宝石に準えた表現。
3) Anti-Rate。「格付けを否定する者」、即ちヒトとサポロイドの境目を壊すもの、という意味が暗に込められているらしい。
4) ちなみに先に亡命し機体ごとエクリプス隊所属となったルーシーと異なり部隊はそのままである。
5) 口から食物を摂取しエネルギーに変換する機能。正直効率は悪く、単にヒトとして生活する為の機能という趣が強い。
6) 正式名称「第3特別牽引遊撃部隊」。本編の主人公エリシャの所属部隊にしてF国随一の使い走り。
7) ミリセント・クラーレ。部隊最年少にして隊長。13歳。第5世代のパイロットで、生命維持に特殊な薬品が必要な為こっそりC国に返されたが……。
8) アクィラ・レーベンシルト。艦長。老け顔の16歳。堅物そうに見えるが自棄気味な享楽主義。
9) 放蕩者のアクィラがポンコツサポロイドのアンティレーテに翻弄されているのが実に可笑しいらしい。