Aslisa Ellenis
月が照らす未来

「ここであなたに伝えておくべきとてもとても重要なことがあるんですけども」
GM《はんぺん》は《フォルモント》――もう彼がこのキャラクターを扱うことは無いと思うが――に告げた。
「今回の一連の処分におけるBANなんですけども、あなたについては只の《アカウントBAN》なんですよ」

今回の一連の処分、というのは、オンラインゲーム《(月の沙漠ムーンリット・デザート)》における大規模なRTMとプレイヤー恐喝その他諸々に関して、とある密告で一応の収束を見せ大規模BANが行われたことである。


実は少し前からどうも裏にきな臭い組織が絡んだ不正行為、特に金銭絡みのものがあちこちのネットゲーム内で頻発していた。勿論それぞれの運営は対策に対策を重ねたが、捨てアカウントではないアカウントは巧妙に通常の取引を混ぜながら動いており、また内情に詳しい者が紛れているか運営側の人間を取り込んでいるらしく、尻尾を掴もうとするとするりと躱される。つまりは所謂イタチごっこなのである。《月の沙漠》でも一部GMの関与が疑われていたが、内通者の確証を得られずGMチームは行き詰まっていた。

それがあることを切欠に一気に解決に傾く。組織に関与していたプレイヤーの逃亡、組織側から見れば裏切りである。 彼は組織側でそれなりの立場にいる人物に近しく、また逆らえないような状況であったようで、半ば強制される形で大規模犯罪に関与させられていた。またそれとは別に、《月の沙漠》の開発に携わっていた者と非常に強い接点があり、そのことでシステム面の情報開示を強制されたようだ。
だが何か契機があったのだろう、そのプレイヤーは運営に組織の情報を揃えて洗い浚いぶちまけた。そうして今回の大規模BAN祭りに相成った訳である。

「しかしまあ、そんなに儲かるもんなんですかね?」
特に無法地帯とされていた第1サーバ担当のGM・ナギがふと脳裡を過った疑問を口に出す。
「そりゃまあ、儲かるっちゃーある程度儲かるんだろうけど……」
フォルモントがいた第8サーバの担当GM・はんぺんは一度資料から目を離して考える振りをした。
「それ以上に、《月の沙漠》に関しては個人的怨恨があったみたいだよ」
ぱたぱたぱた。手元の紙束は“逃亡者”がGM達に託した物だった。それをはんぺんは捲って降ろす。

はんぺんとナギはクロト――今回の件での被害が比較的少なかった第11サーバ担当――を見た。元々は統括GM(全サーバを担当する為、プレイヤーとして遊ぶことが出来ない)だったが、あるサーバでプレイヤーとして遊ぶ為に第11サーバ担当に自ら降格したという専らの噂である。
「私も詳しいことは聞かされていないが、どうもフォルモントの肉親に当たる人が開発にいたみたいだね」
クロトははんぺんとナギと、もうひとりその場に居た第6サーバ担当のアリアを順に見る。
「組織の奴で別の何かでフォルモントに接点があったのがいて、それで目を付けられ何かを盾に強制されていた、という証言だったそうだ。ただ、何か切欠があってそれを逃れることが出来たらしい」
クロトの歯切れの悪い曖昧な物言いは、結局末端のGMには詳しい話は伝えられなかったことを示す。それなりに立場の強いクロトですらそんなものだし、終ぞGM側で関与していたのが誰なのかも明らかにすることが出来なかった。勝つには勝ったが完全勝利は逃した、といったところだろうか。

「でもとりあえずは少し平和に……なります、よね?」
新米ながらも生真面目にGMとして活動しているアリアが両手をぎゅっと握った。
「そうだね、今回関与していた連中は軒並みプレイヤーBAN(氏名や通信網、課金情報なども掌握され二度とプレイヤーとして登録が不可能になる状態)だからね。或いは他人の環境を借りればアカウント自体は作れるだろうけど、そこまでして再度関わってくるとも思えないかな」


(遠鐘とおがね)十六夜(いざや)は父が遺したこのゲーム月の沙漠が好きだった。
能力値とスキルの兼ね合いや立ち回り方を考えたり、仲間達と談笑したり、極普通に楽しく遊ぶのが好きだった。

けれどもそれは無残にも壊された。父の死後に母が家に連れてくるようになった胡散臭い男、その知人とやらの性根の腐ったどす黒さ。それは十六夜の自由と思い出を蹂躙し、彼に数多の不法行為を強いた。日々を怯えながら、しかし反撃の機会を根気強く待ちながら過ごした。

当時第8サーバにキャラを置いていた十六夜は、共に遊んでいた仲間の一部が同じ大学の生徒と知り、リアルでの接触と状況の説明を経て、彼らの協力を得て家を離れることに成功する。勿論執拗に追っては来たが、仲間達は尽力した。他サーバにいる彼らの知人をも巻き込み、身の安全を確保できたところで十六夜は運営に全てを打ち明けた。そうして一連の事件は幕を降ろした(が、緞帳の隙間からするりと逃れた者には依然警戒が必要かもしれない)。今回の件に関しては仲間達には感謝してもし切れない。
そして――冒頭の流れに至る。

「これは重要なことなのですが」
はんぺんは十六夜――フォルモントに言った。
「今回の一連の件に関わっていたプレイヤーは例外無くプレイヤーBANの処分となりました。が、あなたについては事態収束への貢献と置かれていた状況を鑑みまして、只のアカウントBANに留まることになりました。流石に無処分という訳には行かないので現在お持ちのアカウントは抹消されますが、あなたの個人情報や通信環境等をそのまま用いての再アカウント作成は可能となっております。
気が向いたら、また遊びに来てください」
はんぺんはにっこりと笑った(というエモートをした)。はんぺんは他サーバにプレイヤーキャラクターを持っているらしいが、第8サーバ担当GMである為プレイヤーとしてのはんぺんが十六夜に会ったことはおそらく無い。或いはサーバ対抗戦で遭遇したのかも知れないが、何れにせよ今後何処かで会う機会があるのかも知れない。

そしてそれは思いの外、近いのかも知れない。