■正義は規律に非ず
***時は若干遡る。2041年4月1日。
それは春先にしてもちょっと肌寒い、雲の多い日だった。
---------------
連合宇宙軍陸軍部極東連隊。
正式名称を「連合宇宙軍陸軍部軍団ソーサリング対策師団第1幻界旅団極東連隊」というが、誰もその名称では呼ばない。大体上記の名称で通じるし事足りるからだ。
で、この連合宇宙軍陸軍部極東連隊であるが、この2041年4月までに、実に多くの人事異動が生じた。どのぐらいかというと、事実上の主幹上層部総入れ替えである。そしてこの常識はずれの“頭の挿げ替え”で新しい“頭”に据えられたのが、姜泰明特務大将――いや、当日付で姜泰明元帥である。
泰明は大学時代から現場で功績を重ねてきた猛者だった。そしてすこぶる「性格が悪かった」。立場はあっても能力も勇気も弁えもない旧上層部の連中には実に扱い辛かった筈だ。実際、それまで上層部を動かしていた連中は泰明をはじめとする【帝都大学軍事部】の1期生の面々を持て余した。いや、持て余すどころか自身の無能さを露呈し泰明たちに蹴落とされる羽目になったのだ。
勿論姜泰明も重要な実行者のひとりではあるが、暗躍や根回しに向いたタイプではない。此度の“挿げ替え劇”における真の功労者は明智美樹弥と千駄木誠だという説がもっともらしく伝わっている。
ともあれ、後々まで「件の連中」呼ばわりされる帝都大軍事部1期の面々は易々と(少なくとも傍目にはそう見える)極東連隊上層部に居座ることに成功した。
その姜泰明の極東連隊長官就任式が、この2041年4月1日付けという訳である。
壇上に上がった泰明は開口一番にこう言った。
「Justice is not discipline」と。
「俺は俺自身の、或いは俺たちの思想や理念を市民諸氏に強いるつもりはない」
隠す気すらない機械剥き出しの左目が群集を一瞥する。
「諸君。我々は君たちの行動や考え方などについて、把握することはあるかも知れぬが、たとえそれが我々と相反するものであっても、是正や沈黙を強制することは無い」
そう、現状ソーサラー自治区【七領市】の行政諸々は極東連隊に委ねられている。その気になれば行動をすべて把握し、僅かでも怪しいところがあればそれを裁くことが可能な立場にある。が、泰明はそれを過剰に行使しないと宣言した。
「但し。もし直接我々に仇為すのであれば、その時は一切容赦しない。また、我々を信じ、その理想を同じくする者については、全力を持ってそれを守ろう」
静かに、しかし自信に満ちた語り口で泰明は断言した。優秀なソーサラー集団を擁する組織の指揮者らしいといえばらしいのだが、聞いている側はこれがどのぐらい本気だと判断してくれたものかと、泰明の少し後ろに控えていた都築康紘は思ったものだった。
しかし泰明のこれらのことばは現上層部の面々にとって他ならぬ本音である。これを標榜する泰明だからこそ、彼らは泰明に付き、それを支えたのである。
「諸君。この世界――いや、そんな大それた話ではない。この街をだ。極力平穏無事に、尚且つ自由にしたいというのであれば、我々はその為に尽力しよう。
今一度誓う。理想を等しくする者はついて来給え。我々は必ずその盾と剣になろう」
盾と剣。
実にシンプルな、自治区のソーサラーが軍人という肩書きを持つに至る理由。力ある者は、いちばん前に立つべきものだ。泰明たちは口癖のようにこれを掲げ、それをしない、或いは出来ない連中を一掃するに至ったのだ。
「諸君。俺がなぜここに立つに至ったかを、明確に、率直に、その行動で示そう」
七領市の少し冷えた雲空が、歓声で沸いた。