■第二次魔障鎮圧作戦
***伊達浩輝は、帝都大付属高の3年生である。
去年も、3年生だった。
一昨年も、3年生だった。
要は、帝都大高には【自主留年制度】という、各学年2回までに限り、理由の軽重に拠らず自主的に同じ学年を再履修できる制度があり、それを適用しているのである。とはいえ、帝都大高の学年というのは高等学校の体裁を建前にしているだけなので、3年でしか習わない物があるという訳でもない。つまりは単純に、トータルで9年間『高校生でいる』ことが出来るもの、と考えてよい。
さて、その伊達浩輝もさすがに4年前は1年生だった訳だが、彼が順調に学年を重ねている間、当時の帝都大高には生徒会と名の付く組織が4つあり、各々が功績を競い合う状況にあった。
浩輝が最初の3年生になった頃には、勢力的には現在も残っている【星光生徒会】と【月影生徒会】のツートップ状態だった。
4年前のこと。後進の【紅蓮生徒会】は何としてもトップに伸し上がりたいと考えていた――もっとも考えていたのは会長だけのようだったが……
【蒼穹生徒会】――通称【蒼】は、最後進であり、会長も穏やかで覇気を欠く人となりだった所為もあり、根本的に人材が不足していた。その只でさえ少ない所属人員を、とある【事件】で大多数を失ったのだから、ひとたまりも無い。
【事件】については、表向きは最早都市伝説の類としてしか伝わってないが、そこに携わった者達は真の凄惨さを知る。
【メーヴェ】あるいは【増えるもの】というのをご存知だろうか。
ある種の【ウイルス】であることは解っている。
生物に寄生して、増える。
コンピュータに寄生して、増える。
この2点を備えている為、宿主が有機であろうが無機であろうが際限なく増える。とあるサーキットランサーが悪戯で作ったとも、軍ラボで行われている研究の副産物とも言われているが、今のところ具体的な発祥は謎のままである。
もうひとつ、【魔障】というものに付いても説明をせねばなるまい。
帝都大や【連合宇宙軍極東連隊本部】などがある【七領市】は、もとより【ソーサラー】の隔離と保護が目的で設立された都市である。
【ソーサラー(魔導士)】とは、格別に精神力が高く、魔法や超能力に類する力を行使できる人々のことを指す。本人に大した力が無い、あるいは制御能力が高ければさして問題はないのだが、潜在能力が高く制御の下手なソーサラーがパニックに陥ったり、危機から身を守ろうとした際に【暴走】することがある。このとき放出される大量の【魔導力】に当てられれば、非ソーサラーはひとたまりもないだろう。七領市はかつて起こった【大規模な暴走】に端を発する街である。
(力の程度の差こそあれ全ての)ソーサラーが潜在的に持つ【魔導力】がちょっとずつ漏れ、寄せ集まる場所、というのがある。この集まる場所、または集まった魔導力の渦を【魔障】と呼ぶのである。僅かなら大した問題にはならないのだろうが、徐々に集まり【魔導力の固まり】ぐらいになると、軽度の暴走から【誘爆】することもあるのだ。また、非ソーサラーや抵抗力の低いソーサラーであれば、魔障に触れると気分を害したり、体調を崩すこともある。身体の中の気の流れが可笑しくなるからだそうだ。
この【魔障】が、どうやらある種の【メーヴェ】を呼び寄せるらしい。
いや、【メーヴェ】が【魔障】を食う。そして、成長する。
そのことに初めて気付いたのが、件の事件の際だった。
常日頃【星】と【月】に水を開けられ、【蒼】にすら人望面で引けを取る【紅】の会長は、大変焦っていた。何か大きな功績を挙げなければ、という感情に駆られていた。そこで、しばしば体調を崩す者や行方不明者、暴走者が出ると言われる【旧校舎】の【魔障駆除】に乗り出したのだが、長らく誰も触れようとしなかった理由に、浅はかな【紅】の会長は思い至らなかったらしい。
所詮人並みでしなかった【紅】の会長にどうこう出来る物ではなかった。下手に突っついた結果、結局新たな暴走を招いただけだった。このときは(多少の犠牲はあったが)何とか大事に至らずに収めることが出来たのだが、それも見た目だけのこと。
2年後、またしても【紅】の会長――先の事件の発端である前々会長は退学となっている。その2代後の会長である――が、またドジを踏むのである。
『さわるな危険』。
【紅】の会長は再びこの忠告を無視した。
このとき伊達浩輝は3年生で、【紅】の前会長であった。決して彼の所為ではないのだが、【紅】の一員である以上、責任を感じて鎮圧戦に参加している。【蒼】の最後の副会長である当時1年生の内藤瑞穂も、オブザーバとして事に当たった。 けれども2年の沈黙を経て再び暴走を始めた【魔障】――正確にはおそらく【魔障を喰ったメーヴェ】なんだろうけど――は、精鋭揃いの鎮圧班をも苦戦に追い込む。 次々と生徒達を喰らう【魔障】。【星】の会長は己を犠牲にして一時的にその動きを抑えるが、それも封印するには至らない。周りが次々と脱落する中で、伊達浩輝は底知れぬ恐怖と危機感でこの上ない混乱に陥った。
「う……うわあああああっ!!」
右手に紅蓮の炎。風に揺らめく真紅の光が空を薙ぎ、迫り来る【何だかよく解らないが怖いもの】を払おうとするが、びくともしない。
ますます思考が平衡を失い、喚きながら焔の宿る右腕を振り散らす。燃え広がる熱源は既に臨界を越え、己の腕をも焼いている。最早平常心は何処かに吹き飛んでしまっていた。叫びながら、とにかく【こいつ】をどうにかしなければ、それだけを意識に留めていた。
「先輩! 伊達先輩! 大丈夫ですか、先輩!」
遠くで内藤瑞穂の声が聞こえる。ふと我に返れば、旧校舎が炎上している。【魔障】こそ鎮圧出来たようだが、これでは二次災害の方が深刻なことになってしまう。逃げる逃げないよりも先に、自分がやってしまったのだという悔恨の念に駆られ、呆然と立ちすくむ。
「先輩、何やってるんですか、早く逃げてください……」
遠のく意識の端に、瑞穂の怒鳴り声が通り過ぎて行った。
次に気付いた時、浩輝は軍病院の個室でベッドに寝かされていた。瑞穂に引きずられて救出されたらしい。
もやもやとした違和感を感じて己の右腕を見た。
手が無かった。
ぞっとした。骨肉をも焼き尽くす己の能力に。手が焼失していることに気付かない程の混乱、そして自分にそれを与えた状況に。
以来、伊達浩輝は自身の魔導力は勿論、炎そのものをも徹底的に嫌悪するようになった。また、内藤瑞穂が自分を救出してくれた際に脚に火傷を負ったということを知るにあたり、深い感謝と謝罪の念を抱く。
この【第二次魔障鎮圧作戦】に参加して生き残った生徒は僅か3名。
伊達浩輝、内藤瑞穂、そして見城隆則である。
【魔障】を喰い止める為にその命を散らした雨宮恭子は、次の年に入学してくる雨宮崇の姉である。生き残りの3人は、崇に決してこの一連の騒動に関することを明かそうとはしない。