Aslisa Ellenis

■Go Astray

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「ところで泰明」
園田と泰明の遣り取りをデスクの傍で見ていた都築康紘が、ちょっとした疑問が引っ掛かった為に姜泰明に話し掛けたのは、園田馨が一礼して長官執務室を出た後だ。

「彼、ソーサラーでは無いと言っていたけど、普通はたとえ宇宙軍職員の家族でも、ソーサリング能力が皆無だと、【魔障】に巻き込まれて大変なことにならないかな」
都築のその疑問はもっともである。七領市に限らず独立自治区が何故ソーサラーによる自治区となっているかの理由を考えれば概ね推測できることだが、独立自治区に指定され隔離されている場所というのは、かつて大規模な魔導力の暴走が発生しそれを封じているか、或いは他の幻界との行き来が可能な【幻界門】が存在しているかで、つまりは【魔導力の渦(=魔障)】が溜まり易い場所である。

魔導力が溜まり易いということは、暴発を誘引し易いということだ。小規模な暴走は現在もあちこちちらほら起きている。ある程度の魔導力があれば、それを盾に暴走を防ぐことが可能だが、魔導力を碌に行使出来ぬ者は、それら【魔障】から身を守る術が無い。

魔導力が人並み未満でも独立自治区で暮らす例は幾つかある。

ひとつ。魔導力が“まったく”無いケース。警護部大隊サルベージ隊唐木田(恭介やすゆき)がこれに当たるが、どんな悪影響を及ぼす存在に接触しようとも、そも暴走する魔導力そのものがすっからかんなのである。但しこれは極めて稀なケースである。

もうひとつ。表面上の魔導力はからっきしだが潜在能力があり、デバイス付与によりそれなりに扱えるようになるケース。こちらは例が多く、このタイプのソーサラーをデバイスワーカーという。

都築は園田がこのどちらにも当たらないことには気付いたが、では果たして何故泰明が彼の編入を反対しなかったのかまでは類推できなかった。
「何故だと思う?」
ああ、こうやってしたり顔で質問してくるときの泰明はあからさまに僕を試しているのだ。そういう泰明の性格を都築はよくわかっている。わかっているが故に、しこたま考える振りをして、いや、振りでもなく実際都築は割と必死に考えたが、埒が明かないので降参することにした。

「彼はな、【耐性ソーサラー】だ」

世の中には変わったことがあるもので、生まれながらにそこそこの魔導力を持っていながら、それを行使することはおろか、外部からのそれらもまったく受け付けない存在があるのだ。天性の魔導力が【盾としての機能】のみに固定されている、というのが比較的適切な説明になるだろうか。

珍しいだろ?親父さんも防御能力は高い方だが、と泰明は資料を捲る。実際、園田自身は七領市の外でも(すべてのソーサラーが律儀に市民登録されている訳でも独立自治区に引き篭もっている訳でもない……)何度か魔導暴走に巻き込まれ、その度に一切の無傷で戻ってきていた。


「へぇ。泰明はもしかしてそれを知ってて彼を招いた……?」
「いや、昨日まで知らなかった」
半拍の間と、都築の張り付いた笑顔。
「七領市内での定住許可を出したのは、園田大将の子だったらまあ大丈夫だろう、ってのと、資料を見てはじめは【ソーサラー能力に拠らぬ運か直感】を持っているものだと思ったからだ」
だがしかし、よくよく資料を確認すれば、彼の目の前で魔導力が霧散しただの、追跡用の魔導マーカーがいつの間にか消失していただの、どうも魔導力を寄せ付けない性質が垣間見える証言が散見された。それで念の為に調べたのだという。

「耐性ソーサラーだと自身がマーカーやアンカーを使えないからサルベージャーには不向きだが、無茶は利くから最終的には警護部大隊へ回すことも考慮に入れている」
……うん。わかる。最初は泰明自らがびしばししごく為に自分の直下に置いたんだよね、うん、わかる。都築の笑ってない目がそう言っていた。