Aslisa Ellenis

■デバイスワーカー

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「そんなことを言われても、わからないものはわからない」

敦賀忍は、こう言う。魔導力の使い方についてである。
彼は生まれてこの方、具体的に魔導力というものを【行使】したことがない。行使、というのは極単純に「魔導力を使って何かをする」という意味で、現在では【行使】という言葉のみで【魔導力の行使】を示す。少なくとも七領市では。
だが、彼の場合は「行使の仕方がわからない」のではなく、それ以前に「己の内の魔導力の在り処がわからない」のである。


今しがた名前の出た【敦賀忍】という少年についてだが。
七領市で軍人の父とウィザード(シンセニティ職員のソーサラー)の母の間に生まれ、七領市で育った。誕生してから今日の日まで、七領市から遠く離れた機会がない。つまり七領市特有の日々の魔導的トラブル(【魔障】に触れたりだとか、誰かの暴走に巻き込まれたりだとか)は毎日のように慣れ親しんできた。だが【魔障】や【暴走】に触れても無事でいられる為にまず必要なのは、他ならぬ【魔導力】である。
極々僅かでも、魔導力かそれに匹敵する力がなければ、七領市で暮らしては行けない。

これらの事情を鑑みた上で、敦賀忍は【潜在的ソーサラー】なのではないか、と誰もが言う。というのは、彼の父・敦賀(ひとし)が【デバイスワーカー】であるから、息子の忍もおそらく同じ資質の持ち主であろう、という推測に因る。
【デバイスワーカー】とは、魔導力を増幅・具現化する為の道具――【デバイス】を使って魔導力を行使する者の総称で、【潜在的ソーサラー】の筆頭例である。しかし、そもそも単独で行使が可能なら、通常デバイスは必要がない。つまり、増幅系以外のデバイスを使うということは、自力で魔導力の行使ができないということの証左でもある。

ともあれ、敦賀忍は、【魔導力の行使】ができない。そのことについて、彼は少なからず劣等感を持っている。
七領市はその成り立ち故に、住む者の大半は【ソーサラー】である。だが、忍は軍人の子としてここにいる。勿論、七領市にはソーサラーや軍人の【家族】も沢山済んでいるし、そもそも彼自身も軍属ではあるのだが、どうしても「七領市民としての義務を果たしていない」という気持ちに駆られてしまう。だから、魔導の資質を除くあらゆる面で、出来る限りの努力を重ねてきた。
聡明で、判断力に優れ、膂力も持久力も申し分なく、礼儀も弁えている。学生としては勿論、軍人としてだって誰一人非を唱えることはない筈だ。それでも、ただ一点、「ソーサラーではない」という点が、彼の意識に影を落としている。


敦賀ラボは、2度に亘る【バロウズ】の爆破テロから運良く逃れたラボラトリだった。
もともとデバイスの調整を主にしていたラボだが、バロウズの無差別テロで叢雲ラボが消滅した後はその研究と開発を引き継いでいる。
文が使っているデバイスも、もとは叢雲ラボで作られたものである。

今、敦賀ラボで細かく調整がされているデバイスがひとつある。これも元は叢雲ラボで作られたものだ。
[あめのむらくも]の銘を持つこのデバイスは、非使用状態では長さ20cmぐらいのただの棒にしか見えないが、魔導力を込めると使用者が思い描いた様々な形に変わるという。 何の為にこのデバイスの調整をしているのかは、聞いても教えてくれないらしい。

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あるとき、魔導力の行使については相変わらずか、と文が忍に聞いたが、そこで返ってきたのが冒頭の台詞だ。
そんなことを言われても、わからないものはわからない。
いつもは寂しそうに「うむ、そうか」としか言わない文が、この日は妙にニヤニヤしながらラボ開発室の奥へ行き、棚から1本の棒を持って戻ってきたので、忍はそんな嬉しそうな父の顔を見るのも久しぶりだったから訝しげに眉を寄せた。

「なあ忍、これを試してみる気はないか……?」