■康紘と孤児院
***【とある暇な日】
日々危険に晒されている直轄自治区・七領市だが、時には平和で暇な一日というのもある。
正直その日は通常業務も早々に終わってしまい、然りとて緊急の事件がある訳でも無く、長官府の愉快な仲間たちは暇を持て余していた。
「ところで都築少佐」
「何だい」
「前々から気になってたんですけども」
仕方が無いので電脳マーカーの追跡訓練をしていた園田馨が都築康紘に聞いた。
「都築孤児院の出身の人って割と早々に特例姓を貰って独立してますけど、少佐は都築姓ですよね、てことはまだ孤児院にいるってことなんです……?」
【都築孤児院】というのは、技術医療開発部大隊(ラボラトリ群)の、医療部中隊第4小隊の通称である。主に災害孤児を引き取って養育しているラボラトリという名の孤児院で、現在も細々と孤児の保護と後進の育成をしている、一応ラボ群に所属はしているがちっともラボらしくない小隊の筆頭だ。
先程の園田の指摘通り、都築孤児院で育った子供たちは大抵中学から高校辺りで独立し、個別の特例姓を受け取って以後は戸籍上他人となる(ちなみに独立させる際に特例姓を与えるのは都築孤児院のみの風習で、例えば栢ラボなどは、他所と養子縁組が為されない場合には独立後も栢姓を名乗っていることが多い)。そして都築孤児院の子供たちのうち、未だ独立していない幼い子を除くと、現在都築姓を名乗っているのは康紘だけだった。
「……聞きたい?」
あ、何か拙いこと聞いちゃったかな? と園田は咄嗟に思ったが、どうも康紘の表情が思いの外嬉しそうだったものだから、逆に反応に困ってしまった。
「僕はね、元々“都築”康紘なんだ」
そう言って微笑んだ康紘を見て、園田は首を傾げた。
「僕の両親は連合宇宙軍の士官だったんだけど、災害救助活動中に殉職したんだ。まだ僕が中学生の頃だったかな。土砂諸共滑落して――ああ、何か生々しいからこの話は置いといて、兎に角僕は災害孤児になった。
突然両親共に亡くしてしまって、いや、僕はもう中学生だったから、七領市内でなら路頭に迷うことは無いだろうけど、それでもやっぱり僕は失意と不安で一杯だった。
そんなときに声を掛けてくれたのが、父の弟の正宗叔父さんだったんだ。
叔父さんは宇宙軍で災害孤児を引き取るラボを当時からしていて、その孤児院に来ないか、って言ってくれたんだ。
とはいえ、当時孤児院の子供たちの中では飛び抜けて僕は年長だった。正直既に孤児として扱うのは無理のある年齢だったんだけど、人手が欲しかったのもあったと思うし、僕は叔父さんに感謝して、孤児院に世話になりつつ、代わりに孤児院の子たちの世話をしていた。
僕は特に目立った能力も無くて、取り柄も特技も無くて、それなのに叔父さんも孤児院の子たちも僕を凄く頼ってくれたし、それが本当に嬉しかった。それで僕はもっとみんなの役に立ちたくて、連合宇宙軍で働くことを決めて、それなりに頑張って丁度新設された帝都大学の軍事部に入って――あれから随分経ったんだろうけど、未だに叔父さんや孤児院のみんなが僕を頼ってくれるのは本当に有難い事だと僕は思ってる。
誰かに必要とされる、っていうのは、自分がここにいる、ってはっきり思えるから。叔父さんと孤児院の子たちもそうだし、あと泰明とか長官府のみんなもそうなんだけど、『僕』というものを存外当てにしてくれているみたいで、だから、ええと……」
そこまで一気に語って、うまく言葉が出ず、ちょっとはにかんで視線を逸らした。
「まあその辺の個人的感情はさておき、僕は孤児院に入る前から都築康紘だったんだ」
と言って、懐かしそうに笑う康紘を見て、園田は思った。
「都築少佐がこんなにご自分のことを話されるのって珍しいですね?」
「えっ!?」
どうもその自覚が無かったらしい康紘は言われて一層赤面した。
「あ、思っただけのつもりだったのに普通に言ってた……」
「あっ、いや、ご、ごめん勢いでちょっと話し過ぎたみたいで」
「いえ、いい話だったんで謝らないでください?」
それとなく彼らが守っている何の変哲もない平和な日の他愛無い会話であった。