「では、鴻上曰く、第7幻界は旧第1幻界の燃えカス、と」
「長官、言い方」
報告を受けた姜泰明1)が憮然と言い放った身も蓋も無い台詞に曽我部誓徒2)は割と容赦無く突っ込んだ。
鴻上数3)――曽我部らの同期生だが生身の身体を捨てて電脳生命と化した為先日会った時はホログラムだった――が生身で無いが故に可能だった情報収集に勤しんだ結果、現在【第1幻界】と呼ばれている我々が住む世界は元々【第7幻界】と呼ばれていて、現在の第7幻界が元々の第1幻界、即ち第1幻界と第7幻界は入れ替わっているということが判明する。
更に旧第7、現第1幻界は「元々の第1幻界のバックアップ」である、という事実を鴻上は持ち帰っていた。実はそれなりに以前から鴻上はこのことをそれとなく把握はしていたが、内容が内容だけにおいそれと公言出来ず、普段棲みついている玖珂篤史4)のタブレットに情報を仕舞いこんだまま半ば忘れ掛けていたのだ。ただ確証に至ったのは今回の調査の結果であるが。
あるとき連合宇宙軍が「第1幻界のデータの矛盾と第7幻界の沈黙」に違和感を抱き、現在の第7幻界がどのような状態であるかの調査を必要とした。それを出来る者を探した結果が、鴻上数という“人であって人でないもの”だった。
鴻上は長官府からこの調査を請け負う際に皆に問うた。「もし極めて残酷な結果であってもそれを受け入れられるか」と。それが彼が推論を実証する情報を持ち帰る絶対条件だった。
調査の結果は残酷を通り越してある種の絶望だった。現在の第7幻界――かつての第1幻界は既に文明を失っていた。幾許かの生命体は存在しているようだが、現在の第1幻界のような発達したヒトの集落は存在しなかった。時は2345年。現在の第1幻界と300年程の時間差。そのずれこそが、今彼らがいるこの世界がバックアップからやり直した証左でもあった。
「ここからが肝心なのですが」
望月亘5)は鴻上から上がって来た報告書をピンチしてスワイプして最も重要な箇所を視界に入れる。
「第1幻界が『滅びる』ことはかなり前――時代的には現在の我々の位置よりも前、20世紀後半辺りから気付いていたようです。その後何度か【世界の救済】を試みたものの尽く失敗、現状ほぼ対策可能な手段を欠いており、現在の【第1幻界】、即ち“我々”が事実上の最後のチャンスである、と」
会議室全体が騒めく。
「一応これまでも旧第1幻界の疑似的なコピーを使って何度か試行したと思われます。特に旧第1幻界では【魔導力】が忌避されて来た為に『無い』ことが影響したのではないか、と考えていたようで」
その結果が小規模過ぎてテストにならなかった第2幻界、魔導力のウェイトを上げ過ぎて愉快な方向に暴走してしまった第4幻界、すべてを電脳領域に置いた結果住民が本質的にヒトでなくなってしまった第5幻界……そして。
「互いに魔導力の供給源を得ようとして共倒れになった第6・第8幻界……か」
末永耕6)は軽く目を伏せた。彼が関わらざるを得なかったG-Spreadに関わる諸々の元凶も大概だが、此度の件はどうしようも無い、誰も悪くないという点でその焦燥ともやもやのやり場に非常に困る。
「つまり我々は“失敗できない”。そういうことだな」
「予想はしてたけど豪くカラッとしてるね、泰明?」
会議の終わりを察して自分のタブレットのカバーを閉じた都築康紘7)が泰明を見た。
「無駄に考え込んだところで状況が変わる訳でも妙案が浮かぶ訳でもあるまい。ならば今可能なことに注力する他無かろう」
少し鬱陶しそうな顔を泰明は康紘に向けた。とはいえこれは只の癖で本当に鬱陶しく思っている訳では無い。だいたいこういうことを言う時の泰明は表面上面倒臭そうな顔をしているが、その裡ではありとあらゆる思考を走らせている。資料。経験則。推論。頭の中のあらゆるものを徹底的に使って、彼は考えている。
きっと何かいいことを思い付いてくれるかな、と康紘は願った。
我々は、失敗できない。 連合宇宙軍に属する者であればその言葉の重みは痛感せざるを得ないのである。
脚注
1) 極東連隊のカリスマ。不遜で強引だが大局観のある俺たちの長官。
2) 帝大軍事部2期生の地方弁務官団統括。口が達者。恐妻家。
3) 人間をデータ化する研究に没頭して(種族としての)ウィルスになってしまった(尚当然だが肉体は死んだ)。
4) 帝大軍事部2期生・本田匡喬の歳の離れた実弟。兄より老けて見える【しろがね】のエージェント。
5) 帝大軍事部2期生、機動部隊【ブルージャケット】第8部隊長。皮肉屋だが根は不器用……?
6) 帝大軍事部2期生、ブルージャケット第1部隊長で中隊長。生真面目で明朗な青髪のナイスガイ。
7) 大学時代から姜泰明のよき理解者である堅実で地味な長官府補佐官。