Aslisa Ellenis

■サルベージ隊の昔話

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シンセニティ(Synthenity)という組織は、そもそも【中央委員会】の一部でしかない。


[2040.10.25]
唐突だが、とりあえずシンセニティについて説明する必要があったので了承願いたい。
【中央委員会(セントラルコミッティ)】という、幻界(並行的に複数の世界が存在している概念、及びそれぞれの世界)を又に掛ける大組織がある。この中央委員会は、平たく言うと「世界を守って」いる。世界が存在し続ける為の【シャフト】を保っている。
但し、その方法と理念は、中央委員会内を分割するそれぞれの組織によって思惑が異なる。

「……というのを前提として頂いた上で、続いて中央委員会を分けている5つの組織について補足説明をする」
と言って、風祭尋は机上のB5ノート(飾り気のない大学ノートである)を開いて、0.7mmのボールペンで左から5cm程度のところに丁寧に縦線を入れた。それが終わると、線で区切られた左側の領域に上から順に文字列を書き入れ、右側にも簡潔に文を入れる。
一文字ずつ細かく書いている間、青紫の細い髪が揺れていた。

【北のノートライズ】第5幻界を中心に情報系の活動。
【東のエピキュリス】何かしているのを見た事がない。役立たず。
【南のシンセニティ】主に第14幻界と協力、第1幻界の魔導とシャフトの管理。
【西のウェルボーン】第10・11幻界と連携、魔導管理においては一日の長あり。
【天のセントロール】統括。

風祭はシンセニティ内の【ディメンションポリス】の所属である為、仲の悪いエピキュリスを露骨に虚仮にしているが、まあそこは性格の所為もあるから仕方あるまい。彼の上官に当たる帳はやんわりと「風祭は正直だから」と言うが、要は「建前を知らない」男なのである、風祭尋というのは。
そしてしばしばその所為で失敗をするが。

「……で。第1幻界から中央委員会に入るということは、当然シンセニティに入るんだろうな」
正面に座る女性――彼女は彼女で特異的な外観を持っていた。前髪の両サイドで渦巻きを成すふわっとした桜色の髪。染めているかも知れないが、とにかく目立つ――に琥珀色の瞳を向けた風祭は、机の横に立っていたやたらと背の高い少年(名を蜷川貴佑という)から耳打ちされた。
「風祭さん。違うんです、彼女はもともと中央委員会の職員で、遊撃隊からの移籍組です」
蜷川はさらに、メイシーさんはあなたよりも私よりも先輩なんですから少しは物言いに気を遣ってください、と付け加えた。風祭にぼそっと小声で告げたのが聞こえたらしく、ピンクの髪のメイシーは苦笑いのような微妙な表情を浮かべた。そして誰にも聞こえぬ声で、フィッツに似てるのは外見だけだな、と呟いた。
この状況で、しかし風祭尋は眉毛ひとつ動かすことなく「そうか」と言った。蜷川貴佑は瞬時に、今すぐに床にスライディングするか、風祭の頭を手にしたファイルで叩くかの選択を脳裏に過ぎらせた。面白体質ではない蜷川はいずれも却下したが。

メイシー・ディアレンスはもともとはエピキュリスの所属であった。しかし直情径行で無言実行なメイシーはエピキュリスの独特の雰囲気に馴染めず、奔放で凝り性な弟のフィッツジェラルドと共に【遊撃隊】に異動した。全くもって面白味も無ければ真面目さも無い、とメイシーは吐き捨てた。
ディアレンス姉弟が次に所属した遊撃隊は有り体に言えば『何でも屋』である。人手が足りてないところに随時回される、中央委員会内の派遣部署のようなものだ。大抵は【フロート】という次元渦を駆る乗物を繰る任務に回されるが、稀にエピキュリスの手伝いをさせられることがなきにしもあらずで、フィッツはともかく、メイシーはそれすらも甘受出来ずシンセニティ送りになった――という次第である。

そのメイシーを新人と勘違いして綿々と中央委員会の説明をし始めていた風祭は、さっき書いたノートのページを破って丸めて、蜷川の着ている制服の上着のポケットに捻じ込んだ。全く気にしていない訳でもないらしい。
憮然としている風祭の背後に新たなふたつの人影。まず発せられたのは、ここに居る者達の誰よりも先輩に当たる帳覚の声である。
「よう風祭、飛ばしてるな」
日頃、帳が風祭に呼びかける挨拶は既にこうなっている。飛ばしてるな、の意味が痛いほどよく解っている蜷川は、笑いと困惑の入り混じった表情になる。けれども“正直”な風祭はそれを言葉通りに受け取る。
「今日は現場任務はありませんが……」
「ははは、まあなんだ、頑張ってるな、ってことだ」
さしもの帳だって本当は苦笑いするしかないのだが、如何なる時も豪快かつ屈託無く笑えるのがこの男の性分だった。
「謹厳実直、頑迷固陋……無駄に賢しいよりははるかにマシ」
帳にくっついて入ってきた豪徳寺真子は、いわゆるゴシックロリータ調の服を来た一見可憐な女性だが、見た目よりも年嵩で、しかも口調が一々皮肉っぽい上に小難しい。万事大らかなシンセニティの連中にすら【毒吐き人形】と呼ばれている。奴はゴシックだけどロリータではないな、などと揶揄されることもあり、そして真子本人はそれらに気付いた上でわざとやっている。ますますもって毒がキツイ。
「ああ、そうそう。は【G-Spread】の件で少し手間取ってるから後で来るぞ」
この場にいない万城目の現状を説明しながら、帳は余っていたパイプ椅子を引いて腰掛けた。真子もその隣に座る。

真子はこのころ――まだ帳の部隊が【サルベージ隊】ではなくシンセニティ直下の【ディメンションポリス】だった頃からの帳の部下である。この時期から帳と共に【越次元】関連の任務に携わっていたのは、後の【サルベージ隊】の面子のうち真子と万城目だけである。古参の部類である唐木田もまだ新人だった時期だ。ただ、帳の直属には風祭と蜷川、そしてメイシーがいた。後に蜷川はシンセニティに残り中央委員会と連合宇宙軍、各独立自治区の橋渡しを、メイシーもシンセニティ随一の【フロート】(幻界の狭間を駆る乗り物。1人~数人乗りが標準)乗りとして活躍するが、風祭は――まあその話は後にしておこう。
とにかく、帳は勿論、真子も万城目もサルベージよりも越次元取締りの方が主な任務であった時期である。

「ところで豪徳寺さん。いつぞやの【暴走封印】の件でセントロールが詳しい話を聞きたがってますけど」
場の雰囲気を若干でも元に戻そうと試みた蜷川が“毒吐き人形”の黒と赤の立ち姿を見上げて言った。
「あら、そう。でも私は大した事はしてないのよ……有職故実」
「てことは前例があるんですね」
眼鏡越しの細い蜷川の目が興味と疑問をそれとなく帯びる。しかし真子はいつも通りの非常に薄い笑いを浮かべたまま、やや自嘲めいた口調で重ねた。
「実はその昔、私の母……閑話休題。とにかく私達にしてみればそれほど珍しい事でもないわ」
「結局詳しい事は教えてもらえないんですね。いやまあ、いいんですけど」
蜷川も一言多いタイプで、真子に細かい話を聞けなかったことについて延々ぶつぶつとひとりごちてはいるものの、彼自身節穴ではなく、真子がどうやら只者ではないことには感付いているようだ。風祭はといえば、何でもやはり文字通りに捉えるので、大した事もしていないのに何事も無かったかのように暴走を治めたのはでは一体なんだったのだろうか、と逆の疑問を持つに至る。そういった明後日な思考を帳は良く解っていて、修正の必要を感じた場合は逐一修正するが、そうでないときは微笑ましく見守るに留める。
その帳は、真子が極めて強力な【封印】の能力を持っている事も、風祭が【とあるアンヘルのクローン】である事も知っているし、その経緯にも明るいが、大っぴらにすると混乱を招きかねないことも熟知しているので、それらについては当面沈黙を保ったままである。
「(それにしても、益々活発になって来てるな)」
魔障も、俺の部下も。帳は口の中で呟いた。声帯も空気も揺らさぬそれは誰の耳にも届かない。

中央委員会シンセニティ・ディメンションポリス、後の連合宇宙軍極東連隊サルベージ隊。
まだこの頃の彼らは、「幻界を渡る者を罰する」機関の担い手だった。後に「幻界の狭間に囚われた者を助ける」機関の担い手になる事も、薄々察しつつあった。