■ノエル・バラージュ
***極東連隊遊撃警護部、通称【ブルージャケット】。
今のところ12の部隊が存在しているが、その大半が創生時から名称と構成人員が変わっている。
現在の第9部隊は【ノエル・バラージュ】であるが、以前は【アヴァランチ】という名称で活動していた。その頃のメンバーはただひとりを除いて今はいない。
この【ノエル・バラージュ】、多くが伝統的に氷雪か音楽に由来するブルージャケットの部隊名および部隊章の中にあって、一見定例に従っているようで実は微妙にずれている。この名称は隊長の【具現化兵装】の名称であり、隊長自身の通称でもあり、また【アヴァランチ】壊滅時の事象そのものでもある。
極東連隊のランサーズは【ブルージャケット】と呼ばれているが、これはその昔専用の青い制服を着用していたことに因む。現在は廃止されているが、元々極東連隊の制服が青いことやランサーズの立ち位置が欧州連隊と異なる辺りも含めて、この通称で呼ばれ続けている。
そのブルージャケットは今も尚、主に七領市内で起こる反魔導・反連合宇宙軍組織の散発的な「ちょっとした活動」に対応しているが、この頃は特にその動きが顕著だった。極東連隊基幹部が今(2041年現在)程一枚板では無かった所為もあり、出資源や作戦行動についてあまり追求し切れなかった関係で常に後手を踏んでいる状態だった。
そういった状況の中で、またランサーズのある隊長の不手際で起こったのが【対第三反軍組織迎撃作戦における第9部隊壊滅】である。
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[2039.12.24]
対、第三、反軍組織、迎撃、作戦……
予め配られた資料を持ったまま、作戦名を文節ごとに区切って読む。
暖冬だと油断していたら急に冷え込んできた為標準のライトブルーの詰襟の制服を着ていた生駒清流は、この頃まだ第9部隊の一部隊員に過ぎなかった。第9部隊【アヴァランチ】は後方のバックアップを得手としていた部隊であり、前線向きのソーサラーとしての能力よりも帝都大学軍事部諜報科時代に培った情報精査能力と大局観の方を当てにされていた。正直窮屈さは否めなかったが、新たに入った人員が不足している部隊に優先的に回される都合もありその辺りは甘受していた。
外はいよいよもって分厚い雲が雪を吐き出しそうな勢いだったが、建屋の中はそこそこに快適だ。極東連隊の庁舎は隊員居住区と一体化しており、寮から隊員詰め所まで一歩も表に出ることなく辿り着く。
詰め所に生駒が入ったとき、既に大半の作戦参加メンバーが揃っていた。但しランサーズ統括であり生駒の同期生である末永耕とその指揮下にある第1部隊【ハムレット】は別件の対応に追われており、今回の作戦には参加していなかった。事実上それが明暗を分けた原因のひとつでもあったが、この時点では誰もそのことを想定していない。
今回の作戦は【第三反軍組織】――まだ連合宇宙軍内での呼称が定められていなかった都合でこのように呼ばれる――が連合宇宙軍および協力的な組織に対して一斉攻勢に出るという情報を受けてのものだった。第3・5・6部隊が前衛を務め、第7・9部隊がそのバックアップを担当する。第4と第8は本営にて情報の把握に努める。
概ねの作戦概要を伝え、仔細は現場レベルで処理するというのがいつものブルージャケットのやり方であり、今回もその方式を取るようだった。事前情報に拠れば襲撃予定地点3か所に各部隊が張り付き、後衛の部隊で逐一動きを把握、柔軟に各部隊間の人員融通をするという予定である。
このとき前衛右翼の第5部隊【スノーレイヤー】の一員として、帝大軍事部3期生の堀江今日持が参加していた。前衛3部隊は予定通りに接敵しその対応に当たったが、堀江は第5部隊が対応している部隊の人数の少なさと動きのわざとらしい鈍さに違和感を覚える。堀江はそのことを第5部隊隊長に伝え本営の判断を仰ぐよう要請する。しかし、今現在第5部隊が切羽詰まっている訳ではないので手を煩わせるなという理由で却下されてしまう。
……後で思えば単に面倒だったのだろうが、このときは一理あると思いそれ以上食い下がることを断念した。
だが、まったくもって目立った動きが無い、隊長からの指示も、他の部隊からの報告も無い。次第に他の隊員達が状況を不審に思い始めるも、隊長は特に問題は無いの一点張りだった。
規模を考えれば第3・第6部隊が対応している分以外に何かまだありそうだと直感が告げている。堀江は悩んだ末にまず本作戦の副指揮担当の第7部隊長・脇田十兵衛に連絡を取る。
脇田に繋いだとき、前衛左翼の第3、中央の第6共に膠着状態にあった。
「こっちは片付きそうになると人が増える感じだね。敢えて膠着させたいように見える。ところで三里塚くんと石川くんは逐一情報を寄越してくれて助かるね」
その言葉の意味するところを察した堀江は現在の第5部隊の状況を伝える。あまりにも手緩過ぎる為裏を感じるが、自身の権限ではどうにもならない。ただ、皆が浮足立ち始めているので情報が欲しい……
「僕が直接第9に聞いてみた方がいいでしょうか」
「うん、そうして欲しい。何か突っ込まれたらぼくの指示だと言い張っていいよ。きょ……堀江大尉」
それで堀江が第9部隊に連絡を取ろうとしたのだが、隊長には繋がらなかった。訝りながら次に副隊長に繋いだ際、一瞬だけ繋がったが直ぐに切れた。そのとき、繋がったほんの僅かの間、人の叫び声のような音がした。
いよいよもって嫌な予感がした辺りで、本営から割り込みが入る。今回の総指揮である第4部隊長・帳覚である。
「第5・第9共に連絡が取れない。何があった?」
「帳大佐! 第5の堀江です」
「おう。第5の隊長にちっとも繋がらないんだが何があった」
堀江は首を捻った。確かに全般的な状況は不穏だが、第5部隊自体は特に対応に難儀している訳でも直接的な異常に見舞われている訳でもなかった。
「野郎、インカム切ってやがるな」
帳が舌打ちする音が聞こえた。漸く自部隊の状況を把握した堀江は手近にいた面子に回線をオープンにするよう指示する。通常は指揮系統の混乱を防ぐ意味合いで隊長伝手で通信を行うことになっていたが、最早その段階ではなかった。
「どうも嫌な予感がします。僕は確認の為第9部隊駐留地点に向かいたいのですが」
堀江は帳に聞きつつ、傍にいた同僚の腕を2回ずつ軽く叩く。この場のことは宜しく頼むという意味合いだ。
「わかった、直ぐに行け。現場における判断はお前に任せる。俺の指示ということにしてくれていい」
「了解です」
聞くや否や堀江は全速力で走って行った。
「それでね帳くん。堀江くんが第9の副隊長に繋ごうとしたら切れちゃったんだよね」
溜息と共に脇田がぼやく。
「把握している。誰でもいいから第9で繋がる奴はいないか」
「いや、駄目だね、全部試してるけど誰も――あっ」
脇田がまだ生きているインカムを探り当てるのと、そのインカムの主が通信を寄越したのはほぼ同時だった。
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そのころ、第9部隊は初期配置のまま待機していた。第6・第5部隊をサポートする右寄りの布陣。前線で事が済んでいる間は彼らはじっと待つしかなかった。ただ、その前線の第5から碌すっぽ報告が上がってこないことは不審に思っていた。
辺りはとても静かで、夕刻から少しずつ降り出した雪が地面を覆いつつあった。
「どうも変だ。ちょっと聞いてみるか」
部隊内通信でそう言っていた隊長だったが、その後いつまで経ってもその隊長からの報告が伝わってこない。 副隊長は通信機の不備だろうと考え直接隊長に話を聞こうと踏み出したが、その鼻先を何かが掠めた。咄嗟に極僅か身を引いた副隊長の視線の先には【具現化】のダガーが電球の切れた街灯に刺さった姿。
たじろぐ副隊長の足先に何かが当たる。その感触と辺りに立ち込める臭いで何が起こっているかを察してしまう。彼は信じがたい光景から敢えて目を逸らしつつ静かに、極めて静かに、そして迅速に物陰に退く。
「第9部隊総員、気をつけ――」
副隊長は部隊員に注意を促すつもりだった。しかし先程飛んできた具現化ダガーの主とは別の存在が、退いた先に潜んでいた。一瞬だけオールオープンになった回線にその叫びが届いたかどうかも、彼は確認し得なかった。
――辺りの気配が変わった。
元より五感の鋭い生駒は刹那に豹変した空気を読み取っていた。
これは……誰かが致命傷を負った音と臭いがする。しかも逐一増えている!
それに今横切ったものは【具現化兵装】だ。間違いなくこちらに損害を負わせる目的でソーサラーが近くにいる。それも相当数。
日頃からの癖で樹上にいたことも幸いしてか生駒は幾つかの気配に対して先に気付くことができた。しかし他の面子はもう――
駄目元で部隊内通信を飛ばしたが反応はない。
これは助けを呼ばないと非常に拙い、気がする。
本来なら第5部隊が食い止めている筈がすり抜けられている。第5部隊が大打撃を被ったのか何かを見逃したのかはわからないが、兎に角今現在、自分がこの場の「最後の壁」になってしまっているような気がする。
無理も無かった。直接戦闘を受け持たない第9部隊が本来ここにいる筈の無い存在に対応できるかと言えば、或いはそれが動きの読めた状態であればまだ何とかなったかも知れない。だがこれは完全に不意打ちだ。
第5部隊は一体何をやっていたのだろうか……?
生駒は緊急用の全域通信に向かって怒鳴る。
「第9部隊生駒です。現在接敵中、極めて深刻な被害。救援頼む!」
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「ああ、生駒くん、よかった、いや、良くないね間違いなく」
脇田は(お面で表情が読めないがおそらく安堵と焦燥が半々だっただろう)直ぐに救援部隊の編成の試算を始めている。
「ちっ……こいつら……! 【具現化】だ、かなり強力な――」
通信の向こうで交戦の音がする。この独特な澄んだ打撃音は【具現化】同士がかち合った音だ。つまりは生駒も【防壁】か【具現化兵装】を使っているということだ。その時点で事態は尋常ではない。本来の配備上は第9部隊が直接戦闘をすることは想定していないし、アンヘルのブルーソーサラーではあるがものぐさな生駒は余程のことが無い限り能力を使わないのである。
「我々も直ぐに向かうけど、先に堀江くんが行ったから、なんとか、がんばって」
小さく、しかし力強く、脇田は伝えた。
「さてはて、しかしこっちもあまり大幅には減らせないねぇ」
脇田はお面の下で必死に考えを巡らせている。そこへ帳が何かを思いついた顔で、
「わかりました、俺らが出ます」
「……はい?」
「俺ら第4部隊が前衛に出るので、第3か第6をまるっと1部隊回してください」
インカム越しでその場にいない帳のドヤ顔が、脇田には間違いなく見えていた。
「また無茶を……いやまあそういうとは思ってましたけどね」
「そういうことだ。第8部隊長・望月、指揮代理」
「了解」
帳の後ろで望月亘が胡散臭いしたり顔で小さく敬礼した。
「本当前線好きですよね帳くん」
「まあそう言わないでくださいよ」
脇田の呆れ半分信頼半分の言葉に緩く答える帳だが、既に顔は真剣だった。
「さて、そういうことだから、三里塚くん、頼んだよ」
「畏まりました」
結論が出るや否や移動準備を始めた第3部隊長・三里塚恵だったが、ふとある事に気付く。主に帳の態度について気になったのである。
「(はて、ランサーズの最先任は帳大佐では無かったんでしょうか、つくづく謎の多い人ですね脇田中佐は……あれ?)」
そういえば脇田は名札も階級章も日頃付けていないことを三里塚は思い出す。益々もって謎が増えてしまった。
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散発的に飛んでくる【具現化兵装】を【防壁】で叩き落す。自分以外に抵抗している気配が見当たらない。これはもしかすると、本当に、第9部隊は――。
とても厭な考えを巡らせつつ、一対の具現化兵装を構える。銃と近距離打撃武器を兼ねており、銘を【ノエル・バラージュ】という。
まず柱の向こう。それと北東の茂み、さっきから何か投げて来てる【具現化】使いはこいつらか。
彼の【具現化兵装】は【弾】の機能をある程度選ぶことができる。その中に【錬気阻害】の機能を持つものがある。【具現化】についてはこれである程度抑制が可能だが、【錬気阻害】は案外労力の要る術なので出来れば少ない回数で対処したい。まず飛んできた【具現化兵装】をふつうの弾で撃ち落とす。間髪を開けずに【錬気阻害弾】をぶち込む。僅かに下、足元を狙って。【具現化】さえ抑止できれば、他の奴は脚なり武器なりを撃って無力化してやればいい、何、こっちは俺しかいねぇから遠慮もへったくれもねぇ!
そうしてそれなりに数がいた敵を逐一無力化していたが、突如敵の中に強力なソーサラーが加わる気配に気付く。
ちっ、こいつら【具現化】の――
生駒は新たに自分を叩き潰そうと飛んで来た【具現化】の塊を、咄嗟に【防壁】で抑えつつ後方に跳んだ。最早出力を絞ったり素性を伏せる猶予は無かった。全力で跳び全力で防壁を出した為、一瞬ではあったが彼の背に【虚翼】が見えた。
「へぇ、こいつアンヘルじゃん。こっちの部隊に戦える奴がいるなんて聞いてないよ」
西瓜よりも大きな【具現化】の塊は【防壁】に阻まれた後霧散せずに術者の手元に戻った。どうやら【錬気】ではなく、紐のようなものを繋いだ大きな【具現化】の球と思しきそれは【具現化兵装】の一種だろう。その【具現化兵装】の主が、生駒の【虚翼】を見て言ったのだ。
少年か少女か定かでない容貌だが口調と声質からして少年だろう。【具現化兵装】の球をぶら下げたまま、隣に立つもうひとりの人物を一瞥する。こちらはおそらく少女だが、今の時点で【具現化兵装】に相当するものは出してないようだ。
「……“ロータス”。聞いたことない。つまり我々の監視リストからは外れていた。見落とすのも無理はない」
淡々とした声の源を生駒は苦々しい顔で睨む。アンヘルは名乗らなくとも互いの【天使名】を知り得る。ということは彼らもまたアンヘルということか。もっとも彼らの名を知ったところで何か出来る訳でも無いのでそこは無視したが。
辺りの気配を探る。敵の大半は既に別のところへ行ったようだし、味方の存在もまったく期待できなかった。尽くの気配が消えてからもう数分経つ。自分ひとり逃げ果せるだけなら可能だろうが、ここを通してしまった以上迎撃作戦としては失敗どころではない。縦しんば通した連中が真っすぐ極東連隊の大本営に向かってくれるならそれはそれで叩き潰せるだろうが、そんな都合のいい話はない。実際に姿を現すまでの気配の消し振りからして、見失ったら追跡困難だろう。ならばせめてこいつらだけでもここで食い止めねばなるまい。
それほどまでに――こいつらは厄介だ。
そういう意味での「堀江くんが着くまで頑張って」なのだというのは解っている。
だから退けない。
ああ、面倒だ。勿論面倒臭いが、ここで退けるか!
「まあでも、叩き潰しちゃえばいいんでしょう? 他の奴は全部やっちゃったし」
「ええそうね、叩き潰せばいいと思うわ。他の人は全部やってしまったし」
畜生、わざとらしく“ひらがなで”喋りやがって!
生駒はそこに掛かるであろう当て字を連想して奥歯に力を込めた。やっぱり全部やられたっていうのか。由々しいな……。
「でもあなたの兵装、真正面から止められてたじゃない」
「うるさいなぁ、アレは本気出してないからだよ!」
思いの外強力な【防壁】に阻まれたことを指摘されて少年がむくれる。
「じゃあ本気出せばいいじゃない。私も本気でやるわ」
少女がぱっと開いた両手に【具現化】の細身の剣が1本ずつ握られる。
「(やっぱこいつも兵装持ちか……仕方ねぇな)」
生駒は逡巡する。彼の【具現化兵装】は攻めに長じた武器であり、彼らの兵装を止めるには【防壁】を出さなければならない。攻防を併せ持つ技を生駒は持ってないのである。さらに【防壁】の指向性が高い生駒にしてみれば防戦一方で粘るのはふたり相手ではとても不利だ。敵の力量が半端なく、【錬気阻害弾】ではおそらく完全には阻害できないだろう。攻勢に出るのも有利とは言い難い。が、防戦一方よりはまだ少しでも阻害できる方がマシだろうと判断し、具現化兵装を再度使うことにした。
角柱の端の方に直角に円柱が付いているような形状のもの。それをトンファーのように持った生駒は【空間跳躍】で跳ぶ。ふたりの幼いアンヘルは生駒が近距離の特攻を仕掛けてくるものと思い、迎え撃つつもりで得物を構えるが、軍服のアンヘルが視界に再度現れる前に極めて高速な具現化の粒が足元に突き刺さる。意表は突いたものの、反応が思ったよりも早く被弾させるには至らなかった。
「ちぇ、飛び道具とかずるいじゃん」
お前が言うな、と少年のいたところを一瞬見た生駒の耳元に、直前までそこに無かった筈の囁きが聴こえた。
「――なんてね」
【空間跳躍】の気配を察した生駒が頭を捕らえようとする具現化球をすんでのところで左の武器で止めた。元より打撃に転用できるものだったが、球の質量に耐えかねて砲身に当たる部分が僅かに曲がった。
「(ちっ、酷い“馬鹿力”めが……!左は【再具現化】しないと撃てないか)」
跳び退いた生駒の着地点に切りつけようとする少女を右の銃で牽制する。再度側頭部を狙う球を今度も左の武器で受ける。
「(ちっ、当たりさえすれば何とかなりそうなんだが……何とか右しか撃てないことを誤魔化しつつ左で受けるしかねぇ、しかしこの形だと『殴り』や『切り』は受けられても『突き』は受け辛い……)」
互いに牽制と回避を繰り返すが、1対2という状況が徐々に疲労の差を生みつつある。
「こいつ……【まほら】のエージェントじゃん?」
生駒の戦い方――元より致死は禁じ手で無力化に重きを置くその動きに、ふたりのアンヘルは気付くところがあったようだ。生駒は魔導力による戦闘をあまり好まず、必要である場合も籍を置いているアンヘル・トライシオンの一団【まほら】の基本方針から逸脱することは無かった。日頃エージェントとしての責務を放棄している彼の、それは唯一守るべき【まほら】のアンヘルとしての義務だった。だがそれ以上に、彼が【まほら】の束ねから支給されている【特殊防具】の存在を、どうやら悟られつつあった。
それなりに強力な能力を有するアンヘル・トライシオンの束ねは、同胞のアンヘルにもその恩恵を分け与えるものだが、【まほら】の束ねは蓄積魔導力の分だけ攻撃を回避する特殊な防具を仲間に渡している。実際この特殊防具に何度か致命的な一撃を助けられていた。但しその残存魔導力は既に残り少ないものとなっており、そのことにも気付かれてるだろうな、と生駒は思った。
「どうもそうみたいね。じゃあ何処にいるかわからなくして一気に刺してしまいましょう」
そう言ってふたりは何やら白いものを【具現化】する。ふたつ揃って程無く共振し、魔導力の気配を掻き消してしまう。そのまま、ふたりの姿は陰に隠れる。生駒はその道具の存在を知っている。その効果と適用範囲を知っている。そして著しく不利になることも――
「(ちっ……今跳ばれたらどっちにいるか――)」
諦めて勘の働いた方に【防壁】を出すべきか迷った生駒の目に次に映ったのは、右の剣を突き出す少女と、その剣を挟み込んで止める防具。
【具現化】の剣や棍を捉えて圧し折る一対の盾、堀江今日持の【具現化兵装】モルゲンゾンヌだった。
「生駒先輩! 間に合ったっぽいです!?」
低めの姿勢で立ち、逆手に返す右の盾で少女の剣を捻って折った堀江は、慣れない【空間跳躍】で割って入った所為で少しふらついていたが、攻防の防に特化したモルゲンゾンヌは続く少年の具現化球も左の盾で受け流した。
「おう、間に合ったぜ、助かった!」
疲れを振り切って、生駒は堀江に向かって笑った。
ふたりが使ったこの白い道具は単純に言うと周辺に魔導力をばら撒く類のもので、感覚の補助に魔導力を使っている場合、ノイズとして使用されると極めて強力な妨害として働く。この時の生駒はふたりを相手取る為に感覚の多くを魔導力に頼っていた為、却ってその位置を察知できなくなっていた。しかしヒューマンでありソーサラーとしては並の堀江はそんな回りくどいことはしていない。故に自らの視覚と直感で正確に対応し得たのである。
だが、この道具は極一部のアンヘルしか使わない筈のものだが――
いや、今はそんなことはどうでもいい、2対2になってくれたお陰で俺は感覚を魔導力に頼らずに済む。自分の目と耳で、こいつらの位置が判る!
具現化兵装――ノエル・バラージュを構え直した生駒は、堀江に目配せした後、【空間跳躍】で上に跳んだ。
釣られて跳び、見付け次第ぶっ叩いてやるつもりで球を構えた少年の、その背後に生駒は現れた。気付いて球を振り上げた少年の、頭上の球の根元を生駒は撃ち抜いた。急に球の重みが紐から消えた為に体勢を崩した少年の頭に、自由落下に切り替わった球が――
「あいたーーーっ!?」
そのままひとりと一個は地面まで落ちて行った。
堀江は生駒の意図を察して少女の動きを追うことに注力した。【空間跳躍】は非常に高速な為、跳んでいる最中はほぼ見えない。停止して攻撃に転じた一瞬が勝負である。
少女の脚が止まり、即時に突き出されたのは右腕だ。先程堀江に圧し折られた具現化剣の残骸の柄だ。勿論それはブラフであり、躱したところに左の剣を刺す気でいた。だが堀江は極めて冷静に左手――利き手ではない方――で壊れた剣を受けた。相当な力を伴っていて、かち合うや否や鈍い音と共に盾を弾き落されたがそれには目もくれず、続いて繰り出された剣を、堀江は利き腕の盾の爪で絡げ、そのまま捩じ切った。
視界の端に三里塚隊が見えた。寄越された救援の到着は想定よりも早かった。
「……さすがに不利だわ。今日は帰るわよ」
「いたい……」
頭を摩っている少年の襟首を掴んで、少女は空間を跳んで去った。最早気力も体力も限界の生駒も、彼が心配な堀江も、状況をまだ把握し切れてない三里塚も、それを追おうとはしなかった。
雪は更に強まっており、遺された足跡も、流れた血も、錬気と足とを抑えた弾も、次第に埋もれて行った。その雪の上に、生駒は崩れ落ち、膝と掌をついた。
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「さて、状況を確認しておこうかね」
ひと段落ついた後で、脇田が切り出した。
「まず、第5部隊がまったく機能してなかったんだよね」
脱力感の権化のような猫のお面すら怒りに満ち溢れて見える脇田の口調だった。
「敵戦力が想定を大幅に下回ってるのに何も思わないのもボンクラだけど、それ以上に通信遮断とか論外なんだよね。堀江くんが気を利かせてくれなかったらもっと酷いことになってたね。実際、第9部隊が交戦している間に更に別の連中がどさくさに紛れて侵入しようとしてたからね。……戦闘が早く終わってみんなで潰しに行けたからまあ良かったけど、いや良くないね。…………わざとかな」
「(脇田さんめっちゃ怒ってるなー、珍しいなー……)」
ずっと左側の前線にいた第6部隊の隊長石川はこの時漸く事態の全容を聞いたが、脇田が怒るのも無理ないと思った。 もっとも脇田が沸々としていたのは、咄嗟の判断とはいえ堀江をただひとり戦闘真っ只中に送る羽目になったことに対する自分の至らなさもある。
「それとな……第9部隊な、本当に酷いことになっちまって」
今度は帳が重い口を開く。生駒が項垂れる。生きて帰って来たのは彼ひとりだった。酷いなんてものではない、一方的な虐殺である。
「端から片側の前線を抑えつつ後方部隊を襲撃して突破する予定だったようだ。どうも何らかの形で作戦が漏れていた可能性が高いが、それを加味しても前線できちんと対処できていればここまでの惨事にはならなかった筈だ。これらを踏まえて、第5・第9部隊の今後の扱いについては後程通達する」
帳さんが、怒っている。
第4部隊にて長らく帳と共に在る万城目は、帳が部下が傷つくことに敏感であることを知っている。とても物静かに言っているが、内心煮えくり返ってるなんてモンじゃないなと察した。
「帳さん、もっち、ちょっと」
暫く何かを考えていた生駒が帳と望月に呼び掛けた。
「これ……多分話しておいた方がいいだろうし、後で耕にも説明しておきたいんだが」
元々あまり目付きの良い方では無い生駒の、眉間の皺が寄っている。
「あの餓鬼共、【共鳴鐘】使ってたよ」
トライシオンの派閥というのは幾つかあって、極東連隊管轄下の最も大きな派閥【まほら】は、連合宇宙軍に協力的且つ呑気で誠実だ。極東連隊にとっては基本的に味方である。
次に大きな派閥が【しろがね】で、こちらは長らく裏で活動してきた派閥であり、個人単位では連合宇宙軍に与する者も多いが、現在の束ねはあまり協力的ではない。
アンヘル・トライシオンの束ねはその恩恵を同胞のアンヘルに与える。 例えば生駒清流が【まほら】の束ねである護国寺まりあから【自動防壁】を与えられているように。
【共鳴鐘】というのは【しろがね】の束ね・呉姉音の能力である。
「即ちその餓鬼共は【しろがね】のアンヘルだと……?」
「ああ、経緯までは判らないが、アレを使うのは他にいない」
ふーむ。帳も望月も、極東連隊所属の【しろがね】のアンヘルに話を聞いてみる必要性について考えている。
「誰がいたっけな?」
「確か坂本ラボにひとりいましたね。あと最近沙渓市にひとり回されてたような……」
この辺りから【第三反軍組織(仮)】に【しろがね】が関わっていること、【しろがね】が内部分裂を起こしていることを連合宇宙軍は把握し始めるのだが、その後のことはまた別の話になる。
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【通達】
連合宇宙軍極東連隊ランサーズ“ブルージャケット”の一部部隊の部隊名称と隊長の変更
第5部隊【スノーレイヤー】
・隊長はその職を解き懲戒解雇処分とする。
・新たに名称を【アイシクル・ブリッツ】とし、堀江今日持大尉を2040年1月9日付で少佐に昇進の上隊長に任命、残存人員はその指揮下に入る。
第9部隊【アヴァランチ】
・新たに名称を【ノエル・バラージュ】とし、生駒清流大尉を2039年12月26日付で少佐に昇進の上隊長に任命する。