■帝都大学軍事部1期
***帝都大学には、【軍事部】というものがある。
この軍事部の1期生は呪われている、と俗に言われる。
帝都大自体歴史の浅い学校であり、新設の軍事部1期は帝都大の13期にあたる。この13期という数字も相まってのことだ。だが、呪われているというのは強ち冗談でもなく――もとより人数の少ない科ではあるが、当時20人いた筈の軍事部1期出身者が、現在では5人だけ――他が軍にいないというのではない。この世にいないのだ。
だから呪われている、としばしば揶揄される。
現在の【連合宇宙軍陸軍部極東連隊】の長官は姜泰明である。よく『性格が悪い』という評判を聞く。
泰明はこの【呪われし軍事部1期】の出身である。ちなみに、長官になった経緯は結構謎が多く、裏で何かがあったのではないかとの噂もちらほらと聞く。実はこの噂は満更嘘でもないのだが。
軍事部1期の現存者は全員極東連隊所属である。他の4人に付いては――
よろず屋レッドジャケット隊長、黛公子(旧姓:片桐)。
軍警察部の八須田綱紀。
元ランサーズの都築康紘。
第2諜報部の明智美樹弥。
このうち、八須田は他の連中と折り合いが悪く、大学時代から特に泰明とは犬猿の仲だった。
大学在学時にあった出来事である。
八須田は強力なソーサラーを両親に持つ七領市出身の純正ソーサラーであったが、高い制御能力とソーサリング(魔導力行使)に対する懐疑感故に、まったくその片鱗を表に出す事はなかった。ただ、あまりに高い潜在能力故に、左目の黒目が緑色であった。弟の真実(まさね)も同じ色の瞳を持っていたが隠す程度でさして気にしないのに対し、綱紀はこの緑色の眼を大層嫌っており、以前から前髪で顔の左側を執拗に隠していたのだが、遂に自ら左目を抉り出してしまった。
あるとき、些細な加減で泰明と目の事で大喧嘩になってしまった。 切欠は泰明の「前髪が鬱陶しい」という一言だったのだが、傍目には何故ここまで大騒ぎになるのか理解不能である。つまりはそれほどまでに八須田は目の事で強いコンプレックスを持っていたのだが、それ故に、取っ組み合いの末泰明の左目を鋏で突き刺してしまったのだ。
当然無事で済む訳も無く、泰明は左の眼窩に義眼を入れることになったのだが、何とよりによって八須田のもとあった左目と同じ緑の目を入れてきたのである。 この事件で、八須田綱紀の沸点の低さ、姜泰明の人の悪さが浮き彫りになる。
都築については、【生き残り】の中では最もマトモな人物像である。癖が無さ過ぎて目立たないとも言う。もとより【ブルージャケット】(軍ランサー部)には人のいい連中が多い。その中で、『頼れるお兄さん』的ポジションの都築は、特に後輩に慕われている。
黛公子――当時は片桐公子だったが――はその旧姓から察する通り、同じレッドジャケットの片桐大悟の姉にあたる。レッドジャケットを立ち上げた人物だけあり、人望と統括能力に優れる。彼女と都築康紘に関しては真人間と称して良いだろう。
明智美樹弥については、兎に角謎が多い。そもそも「第2諜報部って何だ」と誰もが突っ込むことだろう。
都築曰く『意図的に影が薄い人』。このことを象徴するエピソードがある。
卒業も近い4年生の冬のこと。帝都大軍事部の生徒はほぼ確実に軍に編入する為、進路に関しては悩む必要が無く、このころの彼らはとても余裕があった。そのため、忘年会をやろう、という運びになった。
参加者を数えるにあたり、幹事がひとりずつ名前を書き連ねて行く。1、2、3……19。
20人いる筈の同級生が19人しか名前が挙がっていない。
何度も首を傾げながら執拗にメモ書きの連名を数え続けている幹事の背後に、細長い影が立つ。
「どうしました?」
その声を聞いて、はじめて幹事は気付く。
「ああ、ごめーん! ひとり足りないと思ったら、明智君が抜けてたよー!」
あー、なるほどー……周囲がどよめき、幹事の後ろで立ち止まった明智は穏やかに微笑んだ。だが、放って置いても目立つほどの長身だというのに、誰もが忘れているというのはどういうことなのだろうか。これは『意図的に』影を薄くしているとしか思えない、と都築は言うのである。
また、当時の主席は泰明と八須田が常に争っている状態だった。定期試験の度に、必ずどちらかが1位を取る。
もう一方は、何故か2位が取れない。
卒業間近になり、4年間を通じての総合で主席に当たる者が総代とのことで、八須田はその座を狙い躍起になっていた。泰明の方はそんなものは欠片も興味が無いが、八須田には負けたくないという気持ちは少なからずあった。そんな折、最後の試験で突然明智が1位を掻っ攫って行った。今更何やってんだ、と最初は誰もが思ったという。だが、いざ総代が発表され、通年成績が改めて公表された際に、皆は驚愕する。
今までの試験で、彼はずっと2位だったのだ。
コンスタントに2位を取っているのに誰も覚えていないという絶妙な影の薄さ(を作れること)、最後にちゃっかりと主席を持って行く真の実力、何より、関心が無い振りをしてしっかり総代に輝くしたたかさ――まったくもって真意が読めない、というのが明智美樹弥に対する客観的な評価のようである。
性格の悪い人、姜泰明。
沸点の低い人、八須田綱紀。
人望のある人、黛公子。
気のいい人、都築康紘。
意図的に影の薄い人、明智美樹弥。
彼らが、帝都大学軍事部第1期の生き残りである。
(註:本編少し前の情報である)